迷探偵アイドル 解答編
著者:管理人
昔から、推理ドラマが嫌いだった。
だって、そこには私の望む『真相』がいつだって存在していなかったから。
どうして皆、人が死んだ瞬間に『犯人』を捜そうとするのだろう。
どうして皆、『犯人』がいないと満足できないのだろう。
どうして皆、『殺人』を求めるのだろう。
わかってる。それがないと『つまらない』からだ。
でも。
それでも、私は――。
「この事件の『真相』。それはですね――『犯人なんていない』、です! 美奈さんは誰かに殺されたわけじゃない、自殺したんですよ!」
誰も犯行に及ぶチャンスがなかった、となれば自然、消去法でこの事件の『真相』はこれしかなくなる。もちろん消去法で、だけじゃなくて根拠もちゃんとあるわけだけれど。
しかし副店長は私が勢いよく続けようとする前に、ビッと差したままの私の指から逃れるように立ち上がり、
「ん。正解」
「…………。って、それだけですか!? それだけだと適当にあしらわれているようにさえ感じますよ! 違うでしょう! むしろ、ここからが私の見せ場でしょう!?」
「なんだ? 自殺した人間の心の内やらなんやらを、名探偵よろしく得意気に語るつもりか? お前は。あまりいい趣味とはいえないな」
「…………」
まあ、それは私も思ったことあるけど……。
「しかしまあ、それをやらないと話にならないというのも確かにあるか」
「そ、そうですよそうですよ!」
不完全燃焼、とでもいうのだろうか。副店長が言ったように、いい趣味だとはいえないけれど、でもやはり『真相に至った過程』を話せないというのは、地味に辛い。自分という存在がひどく滑稽なもののように思える。彼女もそれはわかっているのだろう。嫌そうイスに腰掛けながらも、私が語りやすいようにうながしてくれた。
「じゃあ、まず一つ目。どうして自殺だと――犯人は誰もいないと思ったんだ?」
「それは、ですね。ほら、そもそも副店長は『犯人当て』を要求してこなかったじゃないですか。それに『殺人』とか『殺す』とかのワードも一切、口にしませんでしたし」
そこで店長がにこやかに言葉を挟んでくる。もっともその表情を『にこやか』なものだとわかるのは私たち従業員くらいのものだろう。端から見れば店長の口許がニィッと歪んでいるだけだ。正直、慣れたはずの私でもやっぱり怖い。
ともあれ、店長が口を開いた。
「そうだね。それどころか、アイドルの『殺された』発言をわざわざ『死亡した』に言い直させてもいたし」
そう。それが決定的だった。でもその通りではある。美奈さんが自殺したというのなら、どうやっても彼女を『殺す』ことなんてできないし、居もしない犯人を指名することもできないのだから。
そして、この事件の根本的な問題。
――本当に、殺崎さんに美奈さんは殺されたのか。
これらを組み合わせれば、この『真相』はすぐに導き出すことができた。まあ、私がもっとも望んでいた『真相』だったからこそ、簡単に辿り着けたのかもしれないわけだけれど。
「他に根拠は?」
「え? 他に? そんなのあります?」
「…………」
なんか、副店長がシラッとした視線を向けてきていた。でも、他に『美奈さんが自殺した根拠』なんて、どこにも存在しないと思うんだけど……。
しばしの沈黙のあと、助け舟を出してくれたのは店長だった。顔は怖いけどやっぱりいい人だよ、店長。
「それに関しては後回しにしてもいいんじゃないかい? アヤさん。比較的、『美奈さん』の心理に左右されるものだし」
しかし、なんだろう副店長と店長のこの物言い。もしかして私は致命的な見落としをしているのだろうか。でも『真相』はあれで正解だと彼女は確かに……。
ともあれ、副店長は店長の言葉にうなずいて次の質問を飛ばしてきた。
「次に解決しておくべき疑問は……、まあ、小さなものではあるけれど、『毒』の入手法、かな」
ちょっと考え込む私。いや、そこはまったく考慮に入れていなかったものだから。でもちょっと考えてみればわかることではあった。
「おそらくネットで頼んだんでしょうね。それも一般的なところではない、アンダーグラウンドなサイトで」
「まあ、そうだろうな。美奈の父親はそれなりの資産家だったから」
また、ネット環境の整ったデスクトップのパソコンが彼女の部屋にはあったというから、父親に『毒』を買ったことがバレる可能性は低いだろうし。というかこの父親、事件当日も家に居なかったことといい、あまり美奈さんと一緒にいる時間をとれなかったのでは、と思われる。
もちろん、だからといって即座に父親が彼女を邪魔に思っていたのでは、とか、美奈さんに対する関心が薄かったのでは、と結論づけることはしない。大体、病気の娘がいれば普通、父親としては放任主義ではいられないだろう。だからこの父親の場合は、ただ本当に仕事が忙しいだけだったに違いない。あるいは美奈さんの手術費用などを稼ぐために必死に働いていたということも――いや、その可能性は低いか。資産家だという以上は、それなりにまとまった金銭はあったのだろうし。
いや、ここまで深く考察する必要はなかったか。この父親は美奈さんたち同様、副店長の創作キャラだし。
私が『キャラクターの心理考察はする意味なし』と結論づけたところで「さて」と店長が仕切り始めた。本来なら副店長が仕切る場面だろうとも思うものの、彼女はなぜか少しだけれど嫌そうに表情をしかめていたので、まあ、店長が彼女に助け舟を出すように話の主導権を握ったのもそれほど不自然には感じられなかった。
むしろ副店長がこの話を続けるのを嫌がっているっぽいことのほうが、私には気になった。
「じゃあ、ちょっと別の方向から疑問点を探してみようか。そうだね……うん。自殺した美奈さんを発見したあとはどうなったか、というのはどうかな?」
「発見したあと、ですか? そりゃ、やっぱり警察に通報しますよね? 誰が通報するのかはわかりませんけど」
「そうだね。そして警察の捜査があって、自殺か他殺かの判断がなされる。さて、実はこのとき、本来なら『部屋に存在していなければならないもの』が部屋にないんだ。だからこの事件はひとまず『殺人事件』として扱われる。それが自然な流れだよね?」
「まあ、そうですね……」
私の推理は副店長の心理や語り口しか根拠としていない。創作である以上、物証なんて伴わないだろうと思ったし、それを見つける必要もないと思っていたから。
でも店長が言うには『部屋に存在していなければならないもの』があるらしい。つまりは、それが存在していればこの事件は自殺だと断定できる『なにか』が。……もしかして、副店長の語り忘れ?
考え込む私に店長がさらに問いかけてくる。
「当然、容疑者が出る。そして逮捕される。さて、その逮捕された容疑者は誰だと思う?」
副店長の表情のしかめ具合が、なぜか3割増になった。なんで?
彼女のことはさて置いて、逮捕された容疑者が誰かなんて、そんなのは容易にわかった。だって、疑うことを前提としたとはいえ、私も一度は結論したのだから。状況は殺崎さんしか犯人になりえないと言っている、と。つまり。
「殺崎さんですよね? って、うわ、殺崎さん可哀相に……。この事件、自殺ですもんね? 副店長」
これで『いや、実は犯人は殺崎なんだよ』とか言われたら温厚な私でもあるいはキレたかもしれない。しかし幸いというかなんというか、そうはならず、
「ああ、自殺だよ。でもあの状態じゃ警察が判断に迷っても無理はないだろう。なにしろ『部屋に存在していなければならないもの』がなかったんだから」
「『部屋に存在していなければならないもの』……?」
副店長の口からのそのワードが出た。しかし、それは一体なんだろう?
なにがあれば殺崎さんが無実なのだと断言できる?
例えば……そう、美奈さんが『私は自殺しました。殺崎さんは犯人ではありません』みたいな書置きをメモにでも残しておいてくれれば――って、ああっ!
「書置き! 『部屋に存在していなければならないもの』って遺書のことだったんですね!」
どうして気づかなかったんだろう。そりゃ、自殺するときには遺書を残すに決まっている。もし遺書があっても警察は一応、それが偽造である可能性まで疑って捜査するのだから。
そして連鎖的に思い当たる。副店長の話にあった『1枚目が千切られていたメモ帳』に。
そうか。美奈さんはメモ帳を千切って、そこに自分の死が間違いなく自殺であることを書き記したんだ。でも、
「じゃあ、その遺書はどこにいったんです!?」
「どこにいったと思う? ちゃんと話には出したぞ。そんな大事なことを言い忘れはしないからな」
『1枚目が千切られていたメモ帳』のことは私に指摘されなきゃ言い忘れるところだったじゃないですか、と思いつつも、そんなツッコミばかりしていては一向に話が前に進まないので、私は副店長に促されるままに彼女との会話の内容を思い出す。先ほどの問題の内容を思い出す。私はあのとき、『毒殺』であることが動かないことに満足していた。そして――
「窓! 窓が開いているって言ってましたよね! 副店長!!」
それに店長が相槌を打ってくれる。
「うん。あとカーテンが風にそよいでいた、とも言っていたね。つまり遺書は窓から外に飛んでいってしまったんだ」
「店長! それ、私が言いたかったんですけど!」
「あ、ごめん……」
でも、そうか。だから殺崎さんは容疑者として警察に捕まることになったんだ。遺書が見つかってからすぐ釈放されたんだろうけど……。
いや、それにしても。
「なんだって美奈さん、窓なんて開けておいたんでしょうね。これくらいのこと、予想つかなかったのかな……」
なにしろ美奈さんの死が自殺ではないとされた場合、最初に犯人と目されるのは『普段から付き合いのあった殺崎さん』だけになってしまうのだ。副店長の創作とはいえ、遺書の管理には細心の注意を払ってほしかった。いや、この場合、細心の注意を払うべきはクイズを作った副店長のほうか。キャラクターに責任を求めちゃいけない。
私の疑問に答えてくれたのは、やはり店長だった。
「『美奈さんの心理に左右される』と前置きしたのは、だからだよ」
「? あ、ああ。私の気づかなかった『自殺した他の根拠』の話ですか?」
確かに、遺書は『自殺』の最大の根拠になるだろう。それがないことにちゃんと疑問を持つべきだった。ついさっき遺書がないと殺崎さんが容疑者になるんだ、ということを『これくらいのこと』なんて言ったけど、私はそれ以前の『遺書がないのは不自然』という事実にも気づけなかったのかぁ。というか、それに気づけずに美奈さんを責めるようなことを言ったんだな、と気づき、相手が創作キャラであるとはいえ、ちょっと反省。
店長は私の言葉に「そう」とうなずき、
「で、彼女が窓を開けておきたかった理由だけどさ。死ぬときとはいえ――いや、死ぬときだからこそ、部屋の空気が淀んでいるのは嫌だったから、とかなんじゃないかな?」
「なんか、あやふやな感じがするのは私だけでしょうか?」
「あやふやだよ。なにしろ人の心の問題だからね」
店長のその言葉に便乗するように、副店長がからかい混じりの声を出した。
「そう、人の心の問題だからな。理由なんていくらでも考えられる。それこそ、空がとっても青かったから、とか」
「それはいくらなんでも……」
副店長にジトッとした視線を送る私。すると取り繕うかのように店長が、
「でも実際、他にも理由は考えられるんだよ? アヤさんの話を聞いていた限り、彼女は基本、部屋から出ずに過ごしていたのだろうからね、死んだらすぐに部屋から出られるように、部屋に出口を作っておきたかったのかもしれない」
「本当にあやふやな理由ですね。まあ、副店長のに比べればずっといいですけど。……って、あれ? 美奈さんが部屋から出ずに過ごしていたなんて、副店長は言いましたっけ?」
少なくとも、私は聞いた覚えがない。私のその疑問に答えてくれるのは、またも店長。
「直接は、言ってなかったね。でも美奈さんの部屋は2階にあったというし、病床の身では階段を一日に何回も上り下りするのは、なかなかにキツイものがありそうだろう?
それに事件当日、美奈さんは和泉さんや上杉さんとは会っていないという。これは1階には下りてきていないということを示すんじゃないかな。もっと穿ったものの見方をすれば、部屋からも出ていないんじゃないか、とも思えるわけだよ」
なるほど。さすが店長、なかなかにしっかりした推理だ。まあ、憶測ばかりで根拠はまったくないけれど。
と、ミルクティーを一気に飲み干し、副店長がイスから立ち上がった。
「まあ、どんな解釈の仕方をするにせよ、窓の開いていた理由なんていうのは本当に瑣末なことなんだ。本当に大事なのは『窓が開いていた』というその事実、それだけだからな」
それは確かにそうだった。窓の開いていた理由なんて追究しても、『真相』を推理する材料になるはずはない。なぜならすでに正解は提示されている上、そもそもこの事件は副店長の創作なのだから。
「疑問点は、もうないな? じゃあそろそろ私は仕事に戻るぞ? いい加減、店長か副店長のどちらかは戻ってないとマズいだろう」
「それは、確かにそうですね」
思わず苦笑してしまう私。そして、苦笑してから気づいた。
「……って! 副店長! 店長との出会いのエピソードを話してくれるって言ったじゃないですか! 私が『真相』を言い当てることができたら!」
「…………。ちっ、憶えていたか。『真相』を言い当てた満足感で煙に巻けるだろうと踏んでいたんだが……」
「巻かれてたまりますか!」
思わず怒鳴る私に副店長は、休憩室のドアの取っ手を掴みながら、肩越しに顔だけこちらに振り向かせ、
「そう怒るな。変わりにひとつだけ、『いいこと』を教えてやるから」
「『いいこと』? 一体なんですか? ――なんてごまかされたりなんかしませんよ! 出・会・い! エピソードッ!」
「うるさいな。そう騒ぐな。絶対お前の興味あることだから。なにしろ私のフルネームのことだぞ?」
「フルネーム?」
「そう。このファミレスではなかなかないだろう? 他の従業員のフルネームを知る機会なんて」
それは確かにそうだった。よし、フルネームを聞いてから、ちゃんと出会いのエピソードも聞き出そう!
副店長は一瞬だけ店長に意味ありげな視線を向け、すぐ私に目を戻す。
「私の名前は、な。『綾崎 響子(あやさき きょうこ)』という」
こう言っては失礼かもしれないけれど、意外とまともな名前だった。――ん? 綾崎?
「ああ、やっぱり」なんてつぶやいている店長と、なにか引っかかりを覚えている私とを尻目に、副店長――綾崎さんは「じゃあ、先に戻ってるからな」とだけ残して休憩室を去ってしまった。
一体なにが引っかかるのか。私がそれに思い当たることができたのは、休憩室の扉が閉まったのとほぼ同時。
「副店長が『綾崎』さんで、『殺崎』さん!? じゃあ、いまの話って、まさか、本当にあったこと!?」
「まあ、そういうことだね。というかアイドル、そんなに驚くことかい?」
「いえいえ、店長が驚かなさすぎなだけでしょう!?」
「そうかな? フルネームに関してはともかく、アヤさんが『殺崎さん』であることに思い当たれるだけのヒントはかなりあったと思うよ? それこそ、事件を解くことから少しだけ離れて考えれば、勘だけで『アヤさん』と『殺崎さん』が同一人物だと気づけるくらいには」
うっ、それは確かにそうだ。そうか、店長のアヤさんというのは『殺崎さん』――もとい、『綾崎 響子さん』の苗字からとったあだ名だったんだ……。
それに……。
「確かに、よく考えてみれば、比較的簡単に気づけたのかもしれませんね。副店長、さっきから事件のことを話しながら不快そうに表情をしかめてましたし」
「そうだね。『殺崎さん』が逮捕されたというくだりでは、さらにしかめっ面になっていたしね。それに話を始めたばかりのときは、過去を思い出そうとするようにもしていたし」
それに即興で作った話にしては、やたらと具体的な箇所もあった。美奈さんの病名とか、彼女の服用した毒(正確には薬らしいけど)のこととか。そしてその一方で、妙にあやふやな箇所もあった。和泉さんや上杉さんは美奈さんと会っていない『と思う』という感じに。本当に創作なら『和泉さんや上杉さんは美奈さんと会っていない』と断言できるはずだ。
「でも、じゃあ、これってどういうことなんですか?」
「どういうことって?」
「だって、これはつまり、店長と副店長の出会いのエピソードでこそないけど、副店長の過去を教えてもらった、ということにはなるじゃないですか」
だからこれ以上、私の過去には踏み込んでくるな、と言われた気がした。副店長にはこれ以上に辛い過去があって、そしてそれは店長との出会いのエピソードに関わることで。だからそれに比べればまだ浅い部類に入る傷を『創作』という形で語った。これ以上踏み込まれないですむように。
踏み込まれないための予防線を、副店長は張った。浅くはあるものの、確かな傷を見せつけることによって。
私には、そうとしか思えなかった。
ここまでされれば、私だって踏み込もうとは思わない。いや、ここまでされてもなお、踏み込もうと思える人間ではいたくない。だから――
「えっと、アイドル。なんかすごく神妙な表情しているけど、多分、なにか勘違いしていると思うよ? だってアヤさん、私とアヤさんの出会いの話は私の口から語ってやれって言ってたから」
「ええっ!? い、いつですか!?」
「本当についさっき。休憩室を出て行く前に」
「いや、言ってないですよ!」
「アイコンタクトだったからね」
店長と副店長の間では、なんとアイコンタクトが成立するらしい。
まあ、それはともかく。
「じゃ、じゃあ……」
「うん。そう、あれは私が留置所から出てきたときだ」
「留置所!?」
店長はヤクザだったと聞いたことがあるようなないようなだったけれど、リアルに『留置所』とかいう単語を出されるとさすがに引く。
「そう、留置所。あ、逮捕はされたけど、私はなにもやってないよ。そう、私は」
「なんか怖いですよ! 本当に怖いですよ!」
「大丈夫。私の役割はケンカをすることでも人を殺すことでもなかったから」
「そ、そうなんですか。じゃあ借金の取立てとか……?」
それはそれで恐ろしいのだけれど……。
「いやだなぁ、アイドル。それはケンカと大して変わらないじゃないか。とりあえず、2回〜3回しかやってないよ、そんなことは」
なんと、やったことはあったらしい! 借金の取立て!
「私の役割はね、うん、犯人として警察に逮捕される、というものだったんだよ」
「それはそれで怖いですよ! なんかリアルで!」
「なぜか私は逮捕されやすくてね。まあ、私自身がなにかをしたわけじゃないからすぐに釈放されてたけど」
『なぜか』って、『なぜか』って! いや、その強面なら真犯人に間違われもしますって!
「で、まあ、その釈放されたある日のこと。美奈さんが自殺であることが確定して、アヤさんが留置所から出てきたんだ、シャバにね」
「やめましょうよ! 店長がシャバとか言うの! リアルに怖いですから!」
「そうかい? ともかくその日、私もまた、釈放されてね」
「ああ、留置所の前でバッタリ、ですか?」
「うん。ちょっと肩がぶつかってね。で、当時の私はちょっとやさぐれていてね。つい言っちゃったんだ」
「……なんて?」
なんか、すごく想像がつくけど。肩がぶつかったとかのくだりで。
店長は私の予想したとおり、顔をかなり怖くしかめて、
「どこ見てんだ、ボケェ!」
――――。
想像以上に怖かった。
ホストさんが聞いたら確実にチビるだろう。彼、度胸ないから……。
「あれ? どうしたの? アイドル?」
「え、あ、え、ええ?」
もはや意味のある言葉が出てこなかった。そんな私を怪訝そうに見やり、続ける店長。
「けど、アヤさんはちっとも動じなかったんだ。あれには驚いたね。ここを開店させる前に聞いた話によると、なんかショックなことがあって心がマヒしていたから、なんて言っていたけど、それが今回の話だったんだねぇ……」
『だねぇ……』じゃないです。私、いまのでものすご〜くショックを受けましたです。心がマヒしそうです。
「その邂逅後も色々あったんだけどね。出会いの話以外は語るな、とアヤさんは言っていたから今回はここまで」
あうぅぅぅ……。色々、ですか……。
店長はミルクティーの入っていたカップを空にし、休憩室の扉に向かう。
「さて、じゃあ私も仕事に戻るとしようか。あ、悪いね。このくらいのことしか話せなくて。アヤさんから口止めされてなければ、もう少し話してもいいかな、と私個人は思うんだけど……」
ぶんぶんと首を横に振る私。いまはどんな話になってもまともに聞ける気がしなかった。というか、副店長最強だなぁ……。
そして店長は去り際、
「そうそう、今度新しいバイトを雇おうと思うんだ。ほら、いまのメンバーだけじゃ大変だろう?」
新しいバイト……? 疑問に思いながらも、さらに全然大変じゃないですよ、むしろいまも暇ですよ、とも思いながらも、しかし反射的にブンと首を勢いよく縦に振る私。
「その面接の際に、アイドルとホストにも同席してもらいたいんだけど、いいかな?」
無言で何度も首を縦に振る私。ちょっと、声が出そうになかった。
「そう、よかった。さて、じゃあ先に戻ってるね」
そう言い残し、店長は去っていった。
「ふいぃ〜っ……」
怖かった。本当に怖かった。なんか、動物的恐怖を感じた瞬間だった。捕食される、とでもいうか。
それにしても。
新しいバイトを雇うとなると、このファミレスが潰れる日も近いだろうなぁ……。
いや、その前に、店長を見たときにどんなリアクションをするだろう、そのバイトの子……。
そんなことをボンヤリと考えながら、私は精神をなんとか回復させるのだった。
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